貧乏な男が、金持ち生活をした末路(6)

遠い国で、年収1320万円プラス給料という破格の生活をしていた輩は、男とハゲだけではなかった。

都心のはずれにある、とりたてて面白みのないビルのワンフロアには、だいたい100人くらい収容されていて、そのうち日本からやってきたオッサンが12,3匹いたが、いれかわり、たちかわりがあって、男のあとにもふいに棚からボタ餅のごとく落こってきた1320万円生活を得ているおっさんがトコロテンのように押し出されては、押し込まれてきた。押し込まれて来たオッサンは、きまって日本でウダツの上がらない冴えないオッサンであったが、オッサンであるだけに、背負うものをいくらか日本に置いてきていることと、家族の支えがあって、何年十何年と向き合うことのなかった独り身での自活が成り立つかの不安に、オッサンのくせしてビクビク、おどおどしてやってきた。

 

男はまだ20代中盤のどこの馬の骨とも知れない若造で、かならず、こうして押し込まれてくるオッサンたちのヘルパーを強いられた。

 

生活の必要は遠慮して待ってくれるわけではないから、ビクついたオッサンは、やれ食えるものがあるところへ連れていけ、エモンカケが足りないから売ってるところへ案内しろ、などと日本で言ったらそんなのもひとりでできない小学生か、というレベルのことを、次から次へと要求してくる。お前の食えるもんなんて知らねーし、そんなこと人に要求するくらいなら、衣類など部屋の隅にでも積み上げておけよ、恥ずかしくないのかよ。オッサンもオッサンで、そうした生活上のことは自分以外がお世話してくれて当たり前のことだと、ウダツの上がらないくせに、いつの間にか傲慢になってしまったのか、男へのそうした要求は、当然に、かつ速やかに、簡単に充足されるものとの想定があって、大した恩義を感じない一方、男はまったく見返りがえられない時間と労力の無償提供に辟易した。いい年こいたオッサンも、慣れない環境に放り込まれて、ちょっと余裕がなくなったくらいで、自分のことしか見えず、他人の負荷や都合など気にしないきわめて自己中心的な人間になれるものだということを、男は学ばされることになった。

ビクついたオッサンらは、そうした状況に反省を促されることはないまま、まもなく不動産屋から紹介されるもっとも程度の良い豪邸に転居したかと思えば、都心の地理を理解するなり立地について不満をもらし、日本で身銭を切っては決して発注しないしできないであろう、ドライバーやメイドサービスの具合について文句を言い始めた。経済上の変化は、最初こそ機嫌を良くするものの、そうたいして時間を経ずに無意識へと埋没し、新たな欲求が湧いてくる。欲望に際限はないということだ。未熟で凡庸な男は、人生の先輩であるオッサンを通して、このような人間の本性に触れて得心するまで、二十余年の歳月を要したのである。

(つづく)