貧乏な男が、金持ち生活をした末路(9)

鼻腔を徐々に満たしていく温い体臭に嫌気がさし、男は車の窓を開けた。そのヘリに肘をかけ、ぐっと体重を車体の側面にあずけると、いかにも人工的な排ガスに下水のヘドロを含んだ臭いが、気候特有のなま暖かい空気にのって流れ込んだ。遠い国は冷房をきわめて好む国民性で、そんなドライバーは不平と諦めの小声を口にした。男は目を瞑り、ドアとシートの角にもたれてだらしなく上がったアゴを動かすこともなく、雨だれで黒く汚れた市街に目をやった。

 

どんよりとした、土曜の夜だった。

自宅マンションの車寄せに着き、ドライバーにいくらかのチップを渡してハヴァ・ナイス・ウィーケン、おきまりの挨拶を聞くと、カスのような仕事のためにパソコンの前に座り続ける日曜のイメージに滅入りながら、男は軽くうなずいて、ロビーのカウチへ鞄を投げつけ、そのまま自分も突っ伏した。

土曜日をエンジョイしてる? 

ロビーのオネイさんが声をかけてきて男は我に返った。

別に、これからこのオネイさんとなにかラブコメディーが始まるような種類の話ではなく、これも単なる通りいっぺんの挨拶だ。そんなわけないだろ、と思いながら、カウチに自分の体臭がちょっと移ってしまっていることに気づいた。

たまには風呂にでも入るか

男は、ああ、これから、と返すと、通りに出てタクシーを拾った。


この国の風俗街は、自宅からそうは離れていない。乗車して数分、サイフの現金を確かめている間に、うるさいネオンの通りに到着した。入口から2階に上がると、ブラックライトに照らされたフロアの奥、ガラス越しに12,3人の女が行儀よく座っている。

ふつう、客はここで飲み物でも頼んでじっくりと品定めをするところだが、男は席にすわることもなく、可もなく不可もない、といった雰囲気のオネイさんを指名して、4階へあがった。

(つづく)

貧乏な男が、金持ち生活をした末路(8)

男は遠い国で、会社から丑三つ時に帰宅したあと、体力精神力のを使い果たし、シャワーを浴びることさえめんどくさくなり、すえた臭いを気にすることもなく入眠するようになっていた。

ドライバーもメイドもいて、通勤は後部座席にすわっているだけ、部屋も風呂もトイレも掃除洗濯しなくてよい、食事はすべて外注、そのような境遇にもかかわらず、である。

人間として文化的な生活をするのに必要な手間を、ほとんど自力でしなくなるのは、その分余った手間を仕事に振り向けている証拠だ。

こういうふうに男は考えていたが、実はこれは全くの虚妄であって、日本で暮らしていた時も大して変わっていない。余った手間を、結局シャワーに使わなかった、というだけの話である。

ここまでは典型的な独身男性の一類型にすぎないが、男には唯一、異国で1320万円をしていて、口座には使う暇もあてもない現金が積みあがっていた。

カネを使うアテがない、というのは物欲がないからではなく、怠惰な男の計画性や企画力の欠如であって、要するにバカだからだ。カネ使う暇がない、というのは予定を立てていないから行動できない、ということに加えて、遠い国では土曜日も勤務日であるというのは無視できない。1320万円生活は身分不相応の僥倖であることは疑いないが、この土曜日勤務というのは、宝石にこびりついたクソの部分である。

状況がゆるせば、土曜日はT.G.I.Saturday.である。土曜日は本国の会社が休日だから電話がかかってくることも少ない。ここ遠い国のおっさんはそれをいいことに17時に尻尾を巻いて帰宅する。たいてい、男のデスクには、月曜朝イチには完了しているべきとされて、そうしたおっさんが確認するカスのような残務が、無数の消しゴムのカスみたいに散乱していた。

オフィスからあらかた人影が消え、男の前を除いては非常灯以外の照明が落とされていたことに気づいたのは、18時を回った頃に、小用をして持ち場に戻ろうとする途中だった。それまでPCのデスクトップに没入していたが、不意に男の体と画面に意識の距離が生じて、あたりを見回した。

うつろな目を中空に向けたまま、ケツのポケットから携帯を取り出すと、ドライバーを車寄せに呼んだ。

ガタガタと振動する後部座席で、両膝をひじ掛けにして、先っぽが擦り切れて緑色になった革靴をみているうちに、襟元からすえた体臭が上がってくるのがわかった。

 

(つづく)

貧乏な男が、金持ち生活をした末路(7)

男は遠い国での1320万円生活にすっかり気分をよくしていた。

その国のひとたちは、貧富の差は日本よりも断然はげしいので、金持ちはケタ違いなものの、
大多数の人は、月々7万円くらい、年にして84万円くらいが平均だ。

そこへきて、1320万円生活というのは、平均の15,16倍ぐらいの収入なので、
日本の平均年収が400万円というから、その国の目線からすると、日本でいえば、
6000万円くらいである。

男は日本ではもちろん、税とか社会保険など源泉徴収されると、口座に入ってくるお金は
13,4万円そこそこといった具合だし、新入社員とさほど変わらないから、年収はボーナスを
入れても、200万円くらいだったのではないだろうか。
そこから家賃が70万円くらいかかるし、通勤で事実上所有を強制されている車のローンとか、
保険その他諸経費を除くと、いくらも残らない苦しい生活ぶりである。
それにくらべると、暮らし向きは各段によくなった、と言えるばかりではなく、
サラリーマンであれば、初老と言える年齢で、大企業の役員にでもならない限り、
超絶一流企業でも2000万円くらいが上限というところで、6000万円レベルというのは、
サラリーマンとしては雲の上の生活ということになる。

2000万円として源泉徴収されると、3、4割引かれて、現金としては1300万円とか
になるのだろうか。じゃあこれで、メイドや運転手をつけてすべて消費するかというと、
そんな浪費家なサラリーマンはいないだろう。

そんな暮らしにすっかりと気分をよくしていた、というのは、男に芽生えた選民意識のことである。

想像してみほしい。6000万円の年収があるとして、世の中はもちろんそのまま平均年収400万円だ。
富と権力の象徴のような摩天楼に住んで、家事なんて一個もやらなくていい。
一歩外にでると、ちっこい車やバスが走っているなか、破格の高級車で移動するわけです。

そう、通勤ということについては、始業近くの時間になると、バスでぞろぞろ通勤してくる社員を横目に、
黒塗りの車でエントランスに横付けするのです。そしてその後部座席から出てくるのは、弱冠20代の若者で、
日本では、なにもとりえのない、なにができるわけでもない、世間から目を向けられることもない、
たんなる男なのである。

貧乏な男が、金持ち生活をした末路(6)

遠い国で、年収1320万円プラス給料という破格の生活をしていた輩は、男とハゲだけではなかった。

都心のはずれにある、とりたてて面白みのないビルのワンフロアには、だいたい100人くらい収容されていて、そのうち日本からやってきたオッサンが12,3匹いたが、いれかわり、たちかわりがあって、男のあとにもふいに棚からボタ餅のごとく落こってきた1320万円生活を得ているおっさんがトコロテンのように押し出されては、押し込まれてきた。押し込まれて来たオッサンは、きまって日本でウダツの上がらない冴えないオッサンであったが、オッサンであるだけに、背負うものをいくらか日本に置いてきていることと、家族の支えがあって、何年十何年と向き合うことのなかった独り身での自活が成り立つかの不安に、オッサンのくせしてビクビク、おどおどしてやってきた。

 

男はまだ20代中盤のどこの馬の骨とも知れない若造で、かならず、こうして押し込まれてくるオッサンたちのヘルパーを強いられた。

 

生活の必要は遠慮して待ってくれるわけではないから、ビクついたオッサンは、やれ食えるものがあるところへ連れていけ、エモンカケが足りないから売ってるところへ案内しろ、などと日本で言ったらそんなのもひとりでできない小学生か、というレベルのことを、次から次へと要求してくる。お前の食えるもんなんて知らねーし、そんなこと人に要求するくらいなら、衣類など部屋の隅にでも積み上げておけよ、恥ずかしくないのかよ。オッサンもオッサンで、そうした生活上のことは自分以外がお世話してくれて当たり前のことだと、ウダツの上がらないくせに、いつの間にか傲慢になってしまったのか、男へのそうした要求は、当然に、かつ速やかに、簡単に充足されるものとの想定があって、大した恩義を感じない一方、男はまったく見返りがえられない時間と労力の無償提供に辟易した。いい年こいたオッサンも、慣れない環境に放り込まれて、ちょっと余裕がなくなったくらいで、自分のことしか見えず、他人の負荷や都合など気にしないきわめて自己中心的な人間になれるものだということを、男は学ばされることになった。

ビクついたオッサンらは、そうした状況に反省を促されることはないまま、まもなく不動産屋から紹介されるもっとも程度の良い豪邸に転居したかと思えば、都心の地理を理解するなり立地について不満をもらし、日本で身銭を切っては決して発注しないしできないであろう、ドライバーやメイドサービスの具合について文句を言い始めた。経済上の変化は、最初こそ機嫌を良くするものの、そうたいして時間を経ずに無意識へと埋没し、新たな欲求が湧いてくる。欲望に際限はないということだ。未熟で凡庸な男は、人生の先輩であるオッサンを通して、このような人間の本性に触れて得心するまで、二十余年の歳月を要したのである。

(つづく)

貧乏な男が、金持ち生活をした末路(5)

ハゲは男を夕方にゴルフ場へ拉致した。

土曜日曜の話ではない。どまんなかの水曜日である。平日は当然、出勤をする義務がある。会社員なんだから。

仕事をサボってゴルフした、というヤンキー行為のことではない。仕事を終えて、正確には仕事を5時に、無理やり終わったことにして、ゴルフに繰り出したのだ。4時半ごろからソワソワし始めて、5時きっかりにベルダッシュできるようにいろいろと手配をはじめ、首尾よく運転手を車寄せにつけさせておいて、ハゲは男をしたがえて高級SUVへと滑りこんだ。

遠い国は、都心のなかこそ多少は小ぎれいにしているが、一歩外側へ抜けると、原野に毛が生えたようなところである。木も草も、もしゃもしゃ生えたい放題の原っぱに舗装道路が虫食い跡みたいに伸びている、そんなところを高級SUVが通っていく。しばらくすると、とってつけたような、白亜の建物が忽然と現れる。シムシティーにたとえると、一面森のマップに、いきなり瀟洒なゲストハウスつきのゴルフ場を設置してみた、そんな感じである。

ハゲはゴルフバッグを下ろすそぶりさえみせず、運転手にアゴで車のトランクを指し示すやいなや、ロッカールームへと直行すると、まるでベテランストリッパーのように瞬く間にパンツ一丁になったかと思えば、すばやくゴルフウェアを装着した。軽やかにロッカーを施錠して、高っかそうなブランド長ザイフをもてあそびながら、足早にコースへと向かった。男といえば、これからはじまる気の進まない時間外業務で、いったい何回鉄の棒を振り回してタマをアナに入れればよいのか、それも18回とか、気が遠くなりめまいを覚えながら、脱ぎたくない靴下に四苦八苦格闘しているところだった。

てめぇ遅ぇよ!という罵声とともに男がコースへ出ると、すでにゴルフバックはカートへ搭載され、キャディのオネイさんふたりがスタート地点脇に談笑している横で、とっくにティーにタマを乗せたハゲがブンブン素振りをしながら、照明のスポットライトで頭皮をテカらせている。ハゲは純粋にゴルフをやりたいようであり、男のプレーには1ミリも注意を払っていなかったのが不幸中の幸いで、男はグリーンに乗せる前後を除いては、打ったタマを再び打つことはなく、ハゲが滞りなく進めるためだけに、並走しているフリを装うことに注力することができた。

男はゴルフなんてものはよく知らないが、3つか4つホールを終えると、あづまやみたいな休憩所があった。最初のあづまやで、ハゲは調子いいわー、とか上機嫌で、まるでラーメン屋でタダの水を飲むかのような無意識さをもってジョッキのビールを飲みほしたが、18ホールが終わるまで、それを4,5回くりかえした。男がこの平日のナイター・ゴルフで気に入ったことは、この無意識ビールと、高級スパかと思うような設備のととのったシャワールームだ。酔っ払いながら、シャワーをあびて、さっぱりとしてメシでも食いにいくわけである。そこにゴルフが介在することが男にはまったく余計なものであったが、それまで、朝一深夜までデスクに向かい、ようやく帰宅して、いち早く寝るためだけに無心でシャワーして飯くって歯を磨く作業に比べると、ずいぶん優雅なことである。

(つづく)

貧乏な男が、金持ち生活をした末路(4)

ハゲは、遠い国で男を連れまわした。

一日の仕事が終わると、メシ食おうか買い物にいくぞとか何かにつけて男を連行した。
男にとってはありがたかったといえばそうだった。不案内な土地で下調べもいらずに食い物にありつけるし、なにより行くところ行くところが、ちょっと高級なうえ、支払いはハゲの財布から出た。さすが1320万円の生活をしていると、ハゲでも気前がいい。

どこに行くのか、どんな感じなのか?

その国にしてはムダに高い寿司屋では、ウニとかカニ、大トロなど高いネタがふんだんにならんだ握りの盛りや、
ブリのカマ、和牛とか馬の刺身を息を吸って吐くかのように頼む。新鮮なシーザーサラダの大皿も、頼んだだけでほとんど箸をつけない。不摂生はよくないという考えをこれで相殺するとか、オーダーとる人に違和感を与えたくない、とかそういうことだろう。焼肉屋ではカルビやらロースも、特上だけを持ってこさせる。特上でサシが豊富だから、カルビもロースも見分けがつかない。摩天楼の頂上にあるバーで、小腹がすいたとかで、とんでもない値段を払ってサンドイッチ食うとか、平日にもかかわらず打ちっぱなしに行って、そこでビールのつまみにエビチリ、みたいな感じだ。男の世界観の範囲内では、打ちっぱなしながらメシなんて行動は斬新であり、エビチリなんて頼むくらいなら同じ値段でチャーハンと唐揚げと餃子を頼みたいところだ。それ以上に、ドライバーが運転するから、平日休日行く先々で迷わずビールを飲むというのは、もう特権階級の所業といっていいだろう。

ハゲが女性を連れてきたこともあった。なにやらスポーツサークルで知り合ったとかいう30そこそこの日本人だ。かの地で個人相手に投資信託などの金融商品を販売する代理店で勤務しているとかで、男はそのカモとして引き合わされたわけだが、このおばさんもこのおばさんでバブっている雰囲気でハゲと同類だった。なんやら高級なイタリアレストランでお互い紹介しあうような会話をしていたような気がするが、男の記憶に残っているのは、やたらでかい赤ワイングラスとあばら骨が何本も突き出ている羊の肉、やたらデカい原木の生ハムだ。おいおい、こういうのは、飲食店の宣材写真の中の話で、実際に行って食べるのは、なんこつのからあげと、フライドポテトだろ?カリカリしたものをサクサク食いたいんだよ。ふざけるな。

ハゲの家は、都心にある白亜の高級コンドミニアムだった。プールの底にあるスポットライトで、黄色とかピンクとかありえない水の色をしている。敷地には中庭があり、こんなところになくてもいいだろうというドアのない門から、迎賓館みたいなフェンスが両側に伸び、手入れを怠るとすぐ汚くなりそうなツタがムダなくすっきりと絡まっている。生まれ落ちた瞬間から余計なものが一切ない投資物件たる格安借家住まいの男には、どこの国のお話でしょうという感想だった。そのとおり遠い国のことなのだが、悲しいかな、愚昧な男にはそう表現するほかボキャブラリーがなかった。

 

(つづく)

貧乏な男が、金持ち生活をした末路(3)

男は、遠い国で始まりつつある生活のバブリーなにおいに、正直とまどっていた。
ここでの仕事は一時的なもので、いづれまた日本に帰って冴えない会社生活に戻るのだから、あんまり調子に乗っていると、そのときの落差でつらいだろう、と思ったのだ。


遠い国ではひとつ上の先輩がいた。
数年前まで、片田舎にあったオフィスで机をならべて仕事をしていたハゲで、2年先にこの国にやってきていて、ハゲは着任する男に仕事を引き継いで日本に戻る予定だった。

男はハゲに、たいした記憶やイメージをもっていなかったし、趣味や嗜好がぜんぜん違うことを知っていた。ようはあまり気が合わない先輩、というやつだが、それでも同僚だから共通している部分はある。

たとえば、それまで学生時代の自由を謳歌していた若者が、片田舎のオフィスで朝から深夜までの長時間労働を恒常的に強いられて、会社っていうところはなんてクソなところなのか、という誰もが持つ絶望は共有していただろうし、10年20年そういう会社人生を送った経験蓄積のあるおっさんの恫喝にビクビクしながら、仕事にならないママゴトのような仕事をいじくっている拘禁状態があと何年つづくのだろうかという、出口のない閉塞感に苛まれていた。

そんな中、2年目の若い男というのは、後輩が入ってきたのをいいことに、たった1年程度のキャリアをたよりに、男に偉そうに振る舞うことで、日々積もっていく不全感を打ち消すことにやっきになるもので、当時のハゲは、そんな2年目集団のひとりであった。しかし、ハゲのスーツの裾には、原因不明のシミがいくつもあり、ときたますえた臭いを漂わせていた。しんどいから、クリーニングにスーツを出す気力ものこっていなかったのだろう。

こういう場合の新人はふつう、偉そうにしているくせにショボい先輩だとバカにして、心の平安を保とうとするもので、男もはじめはその通りに考えていたが、男自身が自分のショボい現状を自覚するにつれ、そのハゲは残念ながら自分の避けられない1年後の姿を見せてくれる、ありがたい鏡だと思うようになっていた。


その数年後、遠い国に降り立った男の前に現れたハゲは、シャレたスーツや高そうな靴と時計に身を包み、しゃべりや目つきが自信に満ちあふれたハゲだった。

ハゲは以前と同様に男に対して偉そうに振る舞ったが、不思議と嫌な感情は涌いてこなかった。

鏡は、悪くはない景色を映していたのだ。

(つづく)