貧乏な男が、金持ち生活をした末路(3)

男は、遠い国で始まりつつある生活のバブリーなにおいに、正直とまどっていた。
ここでの仕事は一時的なもので、いづれまた日本に帰って冴えない会社生活に戻るのだから、あんまり調子に乗っていると、そのときの落差でつらいだろう、と思ったのだ。


遠い国ではひとつ上の先輩がいた。
数年前まで、片田舎にあったオフィスで机をならべて仕事をしていたハゲで、2年先にこの国にやってきていて、ハゲは着任する男に仕事を引き継いで日本に戻る予定だった。

男はハゲに、たいした記憶やイメージをもっていなかったし、趣味や嗜好がぜんぜん違うことを知っていた。ようはあまり気が合わない先輩、というやつだが、それでも同僚だから共通している部分はある。

たとえば、それまで学生時代の自由を謳歌していた若者が、片田舎のオフィスで朝から深夜までの長時間労働を恒常的に強いられて、会社っていうところはなんてクソなところなのか、という誰もが持つ絶望は共有していただろうし、10年20年そういう会社人生を送った経験蓄積のあるおっさんの恫喝にビクビクしながら、仕事にならないママゴトのような仕事をいじくっている拘禁状態があと何年つづくのだろうかという、出口のない閉塞感に苛まれていた。

そんな中、2年目の若い男というのは、後輩が入ってきたのをいいことに、たった1年程度のキャリアをたよりに、男に偉そうに振る舞うことで、日々積もっていく不全感を打ち消すことにやっきになるもので、当時のハゲは、そんな2年目集団のひとりであった。しかし、ハゲのスーツの裾には、原因不明のシミがいくつもあり、ときたますえた臭いを漂わせていた。しんどいから、クリーニングにスーツを出す気力ものこっていなかったのだろう。

こういう場合の新人はふつう、偉そうにしているくせにショボい先輩だとバカにして、心の平安を保とうとするもので、男もはじめはその通りに考えていたが、男自身が自分のショボい現状を自覚するにつれ、そのハゲは残念ながら自分の避けられない1年後の姿を見せてくれる、ありがたい鏡だと思うようになっていた。


その数年後、遠い国に降り立った男の前に現れたハゲは、シャレたスーツや高そうな靴と時計に身を包み、しゃべりや目つきが自信に満ちあふれたハゲだった。

ハゲは以前と同様に男に対して偉そうに振る舞ったが、不思議と嫌な感情は涌いてこなかった。

鏡は、悪くはない景色を映していたのだ。

(つづく)